♪ぷろふぃーる♪
RYO

広汎性発達障害、知的障害、自閉症など
ハンディを抱えながら
笑顔で生きる14歳。

父の転勤で
秋田-宮城-埼玉-宮城へと移住生活。

環境の変化もバネにして
ゆっくりゆっくり成長中。

2008年度
RYOは中学生2年生。

弟AZUSA&妹AYA

とーさん&かーさん

RYOの療育プロフィール
平成6年5月岩手県盛岡市にて誕生。
1歳
秋田市の民間の保育園に入園。母育休1年後から復職。
1歳半健診で発語、歩行しないなどの発達の遅れを指摘を受けました。秋田県小児療育センターにて月1回の受診と月1〜2回の集団療法開始。
5歳宮城県仙台市に父転勤、転居。母退職。
療育相談先は仙台市児童相談所、東北大学小児科。市立の保育園を勧められ、自宅近くの保育園の統合保育枠で入園。次男の入園も同時に決定し、母再就職。
6歳就学先を決めるにあたり、児童相談所、主治医、教育委員会の就学相談など、関係機関に相談し、養護学校を選択。
放課後の受け入れ先も関係機関に相談し、学区内の児童館に通うため、児童館への直接交渉開始。
児童館は障がい児の受け入れの前例がないため、介護人がいないと受け入れ不可という結果。母、フルタイムでの仕事を断念。退職も考えましたが、好きな仕事なので、やめられず、パートタイマーに切り替えました。
東北福祉大にボランティアの募集をかけ、下校後、スクールバスのバス停から児童館までの送迎と一緒に遊んでくださる学生ボランティアさんを確保。
小学部1年仙台市立の養護学校に入学。
児童館から年度初め、「市のほうから、児童館内のみ、介護人を一人つけます。」との報告あり、週に2〜3日地域のボランティアさんにもお世話になりました。
小学部2年埼玉県に父転勤、転居、母退職。埼玉県立養護学校転校。
療育相談は県立の児童相談所と障害者の療育センター。しかし、主治医との相性がいまひとつで、定期的に通院することを断念。学校の先生と児童ディサービスが心の支えになりました。
母仕事継続希望でしたが、次男保育園待機児童となり、就職断念。第3子出産。
小学部5年再び宮城県仙台市に父転勤、転居。
仙台市立の養護学校への転入を希望しましたが、定員オーバーで断念。県立の養護学校に転校。
療育相談先は再び大学病院小児科と学校の先生、児童ディサービス先、レスパイト先、児童 相談所となりました。
6年前に比べて利用施設が整備され、とても驚きました。母仕事再開希望、復職。
中学部1年県立の養護学校の中学部に進級。
児童ディサービスも卒業し、2箇所の放課後タイムケアと1箇所のレスパイトサービスを利用中。現在に至る。
中学部2年2年生に進級。
小5の弟との留守番もできるようになりました。2008年度はチャレンジの年です!